英語学習で成長・繁殖する生き物を飼ってま~す♪

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本日の英語学習時間:2時間

音読パッケージ」を始めた当初に、どのくらい集中して聞けているかを数値化していたが、久しぶりにその情報を更新する。
下記数値は、2日目⇒3日目⇒本日(14日目)の推移を表している。
数字は非常にざっくりした体感ではあるのだけれど、わりと状況を明確に表現できているのではないかと思う。
 1.音に集中して聞いている:20%⇒40%⇒60%
 2.意味を考えてしまう:30%⇒20%⇒10%
 3.ボーッと聞いている:50%⇒40%⇒30%

意味を考えなくなると途端に音が聞き取れるようになるし、音が聞き取れるようになるとボーッとする時間が減って集中力が高まっていくのが実感できる。
現在、集中している時間比率は60%程度で、半分以上は聞き取りに注力できているということになる。
たった2週間程度の訓練でここまで到達できれば御の字だと思う。

さて、「2.意味を考えてしまう」についてもう少し深堀して説明すると、音を聞いて単語に分解し、英文法に則って翻訳し、日本語の意味を把握しようとする行為がこれにあたる。
しかし、実は上記のような作業をしなくても、英語を英語として理解できている場合も最近増えてきているように思う。
聞き続けているうちに何となく理解できてしまう。
そして、そのような場面がどんどん多くなってきている。

この学習法を続けると、文章や文法のパターンが少しずつ脳に刷り込まれる。
また、認識できるセンテンスが増えると、文章全体のストーリーも少しずつ判明してくるため、これが各センテンスの推測を手伝い、さらに認識できるセンテンスが増える。

そして重要なのは、この認識は日本語を介していないということだ。
つまり、英語を英語として認知しているのだ。
極論すれば、すべてのセンテンスをこの方法で認識できたら、「音読パッケージ」に掲載されている内容については翻訳しないで理解できたことになる。
当然、似たような、または同じ文法を使った文章に出会った時は、かなりの確率で英語のまま理解できるのではないだろうか?

音読パッケージ」が完成したあと、教材を変えて現在の訓練を繰り返せば、さらに英語のまま理解できる範囲は広がるハズだし、認識の範囲が加速度的に広がるのも簡単に想像できる。

上記の「1.音に集中している」の比率が60%から更に上がっていくと、学習効率が単純にあがるだけではなく、この「認識の範囲」の拡大効果が向上するのではないかと思う。
今後、この点についても、少し意識をしてレポートをしていく予定。
本日の英語学習時間:1時間

当たり前の話だが、音が聞き取れてくると自然と集中力が上がる。
といっても、生活全般の集中力が上がる訳ではなく、正確には「音読パッケージ」(英語の音声)を聞くことが普通になってくる感じだ。
まだ試していないが、他の音読用教材でも聞き取りに集中できるような気がする。

「英語回路」とか「英語脳」を作るという言葉を昨今聞くことが多くなったが、結局のところ愚直に聞き続けて英語を英語の音として捕らえる「慣れ」を養うことがこれにあたるのではないだろうか?
「英語回路」を作る手法はいろいろあるのかもしれないが、現在行っている方法はみるみる上達するのが自分でもわかるので、継続し易い。

それに、以前書いた「ノイズキャンセリングヘッドホン」を使えば場所も選ばない。
もちろんお金も教材代しかかからない。
これで「英語回路」が手に入るのなら、聞き続ける努力など微々たるものに感じる。

さて、だいぶ「音読パッケージ」も光が見えてきたので、来週くらいから他の方法も取り入れようと思う。
これについては、別途記事にしたいと思う。
ヒントは絵と基本英文法。
本日の英語学習時間:1時間

音読パッケージ」がゆっくり聞き取れる時の法則を、今日初めて偶然に発見した。
管理人だけかもしれないが、音声を発している人を想像しながら聞くと、途端によく聞き取れるのだ。

もちろん、しゃべっている人の顔も知らないのだが、なんとなく声の感じから勝手にイメージを作る。
そして、そのイメージの人が声を発しているところを想像しながら聞く。
イメージが具体的になればなるほど良く聞き取れる。
ちょっと聞き取りづらいところも、口をアップにしてイメージすると聞き取れたりする。
不思議だなぁ。

管理人の個人的な見解では、どんなに早口な音声でも、結局は人の口から発せられているので、発している人をイメージすることで物理的に聞き取りが不可能なほど早く発せられていないことが感覚的に理解できるのではないかと思う。
そういった背景を考えずに音声だけを聞こうとしても、ちょっと高速な音声を聞くと、聞き取れない音はどんなに耳を澄ましても聞き取れる気がしない。
ところが、実際のところそんなに早いスピードで唇が動く筈はないので、音と唇の映像がリンクすることで「聞き取れない」という思い込みが自然と意識から消えるのではないだろうか?
そうすると精神的にも余裕ができて、よりいっそう聞き取れる。
そして、自信もつく。

コツがつかめたおかげで、今日はとにかくよく聞き取れた。
音読パッケージ」には男女1名ずつの音声が収録されていて、2人のイメージも勝手に頭の中で固まってきた。
この方式で継続したら、案外早くに次のステップに進めるんじゃないだろうか?
と、ちょっとだけ捕らぬ狸の皮算用(^ ^;
本日の英語学習時間:1時間

前にも書いたが「音読パッケージ」には低速とナチュラルスピードの2種類の音声が収録されていて、学習開始当初の2日くらいは低速で聞いていたが、それ以降ちょっと思い立ってナチュラルスピードを聞くようにしている。

最近ナチュラルスピードにもだいぶ耳がついていけるようになったので、今日の学習の前に興味本位で低速版を聞いてみた。そして驚いた。
めちゃめちゃ聞き取れるのだ。
お母さんが赤ちゃんにしゃべりかけているぐらい、丁寧でゆっくりで聞き取り易い。

学習開始当初は低速でさえも持て余していたので、やはり着実に耳が育っているのだと思う。
ただ、聞き取り易すぎて退屈だし、聞き続けたら聞き取り能力がこのスピードまでレベルダウンしてしまうのではないかとの懸念から、5分程度で聞くのをやめ、慌ててナチュラルスピードを1時間聞き続けた。

それにしても聞き取れるというのは、予想していた以上に快感だ。
この誘惑に負けて低速を聞き続けてしまいそうなので、「ナチュラルスピードを聞き取れた時の快感は更にすごいハズだ!」と自分に言い聞かせ、低速は封印することにした。
今後の学習ステップで、耳で聞いた音を書き出す作業があるが、もしどうしても聞き取れない部分があったら、その時にこそ部分的に低速版を使用するのが良いかもしれない。
活字を見てしまうのは、本当に最後の手段にしたいから。
本日の英語学習時間:1時間

音読パッケージ」の学習もとうとう10日目を迎えた。
3日坊主の管理人が我ながらよく続いていると思うのだが、何も管理人が我慢強くなったわけではなく、やはりこの学習方法が優れているからではないかと思う。

とにかく同じ英語の音声教材を黙々と聞き続けるというのは、本当はかなり辛い。
無心でただただ座るだけの座禅に似ている。
プチ修行といっても良いと思う。
管理人も一度座禅を体験したことがあるが、動かず静かに、そして何も考えないというのは少なくとも今の管理人には「難しい」ではなく「出来ない」だ。
人間はそれだけ常時何かを考え、動いてしまう生き物なのだ。

音読パッケージ」を聞いている最中も必ずしも音声に集中している訳ではなく、どうでも良いようなことが常に頭をよぎって意識がそちらへ引っ張られてしまう。
英語がクリアに聞き取れ、意味も取れるようになれば、もう少し音声に集中できるのかもしれないが、そんな実力はないので雑念の入り込む隙だらけなのだ。

では、なぜ管理人のような3日坊主が飽きもせずに10日もプチ修行を続けられるのかというと、
 ・聞き取れなくてよい
 ・文意も取れなくてよい(取らなくてよい)
 ・できれば音声に集中するべし
 ・1日1時間でよい
などなど、現行の英語学習と違い、とにかくシンプルで条件がゆるいため精神的なハードルが低い。

何の準備もいらない。
イヤホンを耳に装着してiPodで音声を再生し、1時間音声に集中することを心掛けるだけだ。
ただ、負の条件が無い訳でもない。
音読パッケージ」に全幅の信頼を置かなければいけない。
疑いながら続けるのは無理だろう。

できれば本サイトがこの「信じる」に関する部分の一助になればと考えている。
管理人が「音読パッケージ」による英語学習に成功すれば、だいぶ信じ易くなると思うのだ。
ただ、管理人は「音読パッケージ」の回し者ではなく、非常にニュートラルな立場なので、この方法に失敗したらそれはそれで恥も外聞もなく包み隠さずレポートしたいと思う。
それはそれで意味のあることなのだ。
そして、このブログでレポートすることもプチ修行を継続する大きな糧になっていることも付け加えたい。
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